金曜日, 10月 26th, 2018

東日本大震災の際に静岡県にいて、揺れを強く感じました。お昼過ぎだったと思います。アウトレットモールにいた私は、店内にいました。強い揺れを感じて外に出たところ、レンガで舗装されている道がぐにゃぐにゃと揺れているのを見ました。これは異常だとその時に感じましたが、頭は全然動かず、何をしたらいいのか分からない状況でした。

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揺れと同時に、停電にもなりました。どこのお店も真っ暗になっていました。外にはお客さんの姿と、店員さんたちの姿がありました。私は外で待機していたのですが、中には店内でショッピングを続けているお客さんもいて驚きました。こんな時になんで買い物ができるのだろうかと不思議でした。

揺れを感じた後、アウトレットモール全体が閉館となるとアナウンスがありました。お客さんもスタッフの方々も帰宅するようにと連絡があり、私も駐車場へ向かいました。すると、お客さんもスタッフ全員が帰宅するため、長蛇の渋滞となっていて、なかなか外に出られませんでした。震災の際、車での移動の是非が問われていますが、こういうことなのだなと感じました。

また外に出られても、信号機は停電で点いていませんでした。私が家に帰る道に、線路を横断しなくてはならない場所があります。どうしてもその線路を越えなければ家に帰ることができないのですが、遮断機が下りたままになっているため、渡ることができませんでした。

別の箇所に行って見ても、線路点検のためか分かりませんが、駅のスタッフが立っていて、「ここは通ることができない」と言われました。どこを通れば帰れるのかわからず、とりあえず前を走る車について行きました。そのおかげでなんとか通れる場所が分かりましたが、全然知らない場所でこのような場面に出くわしたらどうしたらいいのか分からないなと感じました。

役に立ったのはやはりラジオです。我が家は両親がラジオ好きでいつもラジオがかかっています。電池で動かすことができるタイプだったので、外の情報が手に入りました。周りがどのような状態になっているのか分からないため、いつまで停電が続くのか、ということも予測が建てられませんでした。ラジオがあったおかげで、どういう状況なのかということがなんとなくわかりました。携帯などは充電で動くものなので、使用がある程度制限されます。電池もなくなってしまえばそれまでなのですが、やはり、こういった災害の際は安心の元になるなと感じました。

また、定番ですが、ろうそくなども普段使用しませんがあって良かったなと思ったアイテムです。懐中電灯のようなものはいくつかありましたが、ろうそくは家族が集まる場所に置いていました。トイレに行くときや、自分の部屋に移動する際には懐中電灯をそれぞれが持つようにしていたので、明かりをつける物が不足していました。懐中電灯だけでなくろうそくも必要なのだなと感じました。ガスはついたので、お湯を作ることができました。湯たんぽをこたつの中に入れておけば思いのほか温かくなりました。

独身の頃に東日本の大震災に出くわしたので、その際は家族と災害時の行動について話し合いました。今は、結婚したので、夫婦暮らしとなりました。最近また災害が多いので、もし、地震などが起きた際はどこへ集合するかなどは話しています。避難場所もここがだめなら、こっちにいるということも話しています。東日本大震災の後、職場では連絡網が作られました。それまではそれぞれの連絡先などは全然知らなかったのですが、これを機会に電話番号をみんなで共有するようにしました。

静岡県の職場だったので災害の訓練など定期的に行っていました。今、別の県に引っ越し、他の県では職場で災害の訓練を行わないと知り驚いています。消火器の使い方や、避難する場所などを共有していないので、少し不安があります。