月曜日, 12月 10th, 2018

千葉県千葉市内の勤務先で東日本大震災を経験しました。建物の損壊などはありませんでしたが、勤務先が官公庁であったことと交通手段である鉄道が全線止まってしまっていたため、泊まり込みで業務を行いました。同じ県内にある支部の中には停電してしまった庁舎もあり、当時庁舎管理等の部署にいたのでその対応に追われました。また、地震の揺れのショックで心停止などした人がいたため、緊急搬送の手配をするなどしました。

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自宅から勤務先へは普段は電車通勤でしたが、鉄道の再開がかなり遅かったことや、県内のコンビナート火災などでガソリンの供給が不安定になるなどしたため、通勤に支障をきたしました。そんな中でも官公庁勤めであるために出勤しなくてはならず、足を確保するのにとても困りました。遠隔地に居住しているため通勤できない職員も多く、業務負担が大変増え帰宅時間が遅くなるなど、災害の直接の被害ではない疲労がたまっていくのがとても大変でした。県内の支部の中には計画停電で停電する庁舎があり、業務上パソコンなどを使用しなければならない業種であったため、非常用電源を確保するなどの対応に苦慮しました。

1995年の阪神淡路大震災を経験していたこともあり、庁舎や町の火事や多くの人が亡くなるのではないか、という不安に襲われ、過呼吸気味となったり不安な日々を過ごすなど、軽度のPTSDに悩みました。また、テレビの報道で繰り返し各地の被害の状況の映像が流れ、それを目にすることで眠れなくなったりするなどにも困りました。

震災直後は、電池式の携帯電話用バッテリー充電器が大変役に立ちました。今と違い、スマートフォンではなく携帯電話でしたので充電が切れる心配は少なかったですが、通信機器のバッテリーが切れるかもしれないという不安を無くすのに役立ちました。各地で乾電池の不足が起こり、特に単1、単2電池が手に入らなくなったので電池スペーサーが大変役立ちました。単3電池は手に入りやすく、電池スペーサーも100円ショップなどで比較的簡単に入手できたため、大型の懐中電灯やランタンに使用する際に役立ちました。

また、震災直後の寒い時期は、職場にあった旧式の石油ストーブがとても役立ちました。電気もガスも使わずに済み、暖をとるだけでなくお湯を沸かしたり、ごはんを温めたり、照明のかわりになったりと、1つで何役もこなし大変助かりました。

夏季は全国的に節電が呼びかけられ、官公庁は特にエアコンの使用を控えたため、暑さ対策にソーラーパネルで充電できる扇風機を使っており、大変役立ちました。複数台を職場に持っていき、1台使用している間に他のものを充電するなどしました。

家族に保育園児がおり、保育園では一時避難場所に指定されている小学校があるので、まずはそちらに子供を迎えに行くために集合するようにしています。子供が自宅にいるときは、自宅近くの小学校に集合することにしています。

災害時はなかなか電話などが通じなくなるため、それぞれの実家の固定電話番号での災害伝言ダイヤルを使用したり、スマートフォンで通話やメッセージのやり取りができるアプリを複数入れ、いずれかの方法で連絡がとれるようにしています。例えば藤川社長の作った「ポケットシェルター」というアプリは数ある災害アプリでは特に優秀だと思います。このアプリはオフライン状態でも緊急地震速報と連動して最寄りの避難所へ誘導してくれます。

富士山の噴火や東日本大震災の時のような原発の事故などがあった場合、関東にいられなくなる可能性を考え、有事の場合にはお互いを待たずに夫の実家である北海道に各自で向かうなどの取り決めもして、急な災害に備えています。